• 第168回 プロデューサー / 音楽評論家 立川直樹氏【後半】

    インタビュー リレーインタビュー

    立川直樹氏
    立川直樹氏
    今回の「Musicman’s RELAY」は本多俊之さんのご紹介で、プロデューサー / 音楽評論家の“ミック”こと立川直樹さんのご登場です。東京生まれの立川さんは、文化的感度の高い家族の中で、少年時代から音楽、映畫、舞臺、アートなどに魅入られていきます。そして、グループ?サウンズ?シーンにおけるバンド活動を皮切りに音楽評論家、音楽プロデューサーとして早熟な才能を発揮。70年代初頭からはメディアの交流をテーマに幅広いジャンルで活躍するプロデューサー / ディレクターとして高い評価を得ました。最近は森永博志さんとのラジオ番組「RADIO SHANGRI?RA」も話題の立川さんに、50年にわたるキャリアを振り返りつつ、お話を伺いました。

    (インタビュアー:Musicman発行人 屋代卓也/山浦正彥)

     

    ▼前半はこちらから!
    第168回 プロデューサー / 音楽評論家 立川直樹氏【前半】

     

    「音楽に戻ってくれないと寂しい」?SUGIZOからの刺激的な言葉

    ──音楽だけではなくあらゆる映畫、アートを観たり、本を読んだりというのは少年のときからずっと続いている?

    立川:ずっとですね。その反面、一般的にいう社會性はないと思う。要は高校に入ったときに思った「自分の人生に役に立たないと思うことはやらない」主義ですから。だから金がどうだとか、そういうミーティングとかにはほとんど出ないですし、好きなことをやっていれば、誰かが何かしてくれるって思っているんです。自分が好きじゃないこととか、趣味じゃないものをやろうとは一切思わなかったですね。

    ──みんなそうしたいと思っても続けられないですよね。

    立川:仕事してからは日本でも海外でもホテルで暮らす時間も長かったから、自然とホテルのことも詳しくなっちゃうわけじゃないですか。そうするとコンサルタントってほど大げさじゃなくても、ホテルの相談みたいな仕事も來ちゃうわけです(笑)。今、本當にホテルの仕事が多いですよ。

    ──レストランのお仕事もそういう流れですか?

    立川:そうですね。小さいときから家庭料理というよりも外食が多かったので、詳しくなろうと思うよりも単にたくさん知っていただけなんですよね。結局は數なんだと思う。聞いた音楽や読んだ本、観た映畫、見た絵とか、重要なのは數だと思う。あと、僕は他の人より丸10年は先に色々なものを體験していたのがすごく大きかったんだと思う。僕の年だとビートルズもローリング?ストーンズもボブ?ディランも全部リアルタイムでしょう? そのときに新譜で體験できたのは、やっぱり僕らの世代だけの特権。それは日本人だけじゃなくて、世界中の同世代、もしくは少し上の人たちの特権ですよね。

    ──生まれた時代と環境、社會的なタイミング、いろいろなものが揃ったみたいな。

    立川:それはすごくあります。上手くいったっていうのは変な言い方ですが、そういう感覚はあります。あと、上の人に可愛がられてすごく得したかもしれないですね。僕はすごく早く仕事を始めちゃったから、タツさん(永島達司※4)とか美佐さん、田邊さんとかと20代前半のときくらいから仕事を一緒にしているんですよ。だから周りからはもっと年をとっていると思われている。

    ──錚々たる方々ですね。

    立川:変な話、自分の人生をあまり苦労したというのがないんです。みんな「20代は下積みで」とか「苦節何年」みたいなことが、僕は全くないのかもしれない。その頃のキョードー東京の人たちは、「親戚でもないのにタツさんはなんで『ミック、ミック』って立川のことを可愛がっているんだろう?」って謎だったみたい(笑)。それは自分でもわからない。

    ──重鎮たちから可愛がられてきた。

    立川:うん。得な性格なのかもしれない(笑)。伊丹十三さんとは15歳離れていたんですが、仕事をし始めたら、いつもどこかに連れ回されるんですよ。それで銀座のクラブとか連れていかれると「僕、伊丹十三。こいつ“じゅうしまつ”」とか急に言ってね(笑)。

    ──(笑)。

    立川:內野(二朗※5)さんもよく食事に誘ってくれましたし、美佐さんもいまだに電話をしてきて「なにしているの?」とか。それは業界に限った話じゃなくて、例えば、京都祇園のお茶屋のお母さんとか、年配の方には本當に好かれるんですよ(笑)。「立川はんならええわ」みたいにね。

    ──逆に話が通じる、若い子がいたらやっぱり可愛がりますか?

    立川:うん、可愛がりますね。

    ──「こいついいな」と感じた若い人はいらっしゃいますか?

    立川:最近だとLUNA SEAのSUGIZOとはすごく仲がいいですね。LUNA SEAの育ての親の阪上君は、彼が東芝EMI出版にいた頃に一緒にクイーンの本を作ったり、石坂組みたいなつきあいもあって、彼から「SUGIZOが會いたいと言っているから會ってほしい」と連絡が來たんですよ。

    ──SUGIZOさんの方から會いたいと。

    立川直樹氏

    立川:そうです。それでLUNA SEAのライブ後にパーティがあって、そこで紹介されて、ちょっと話をしていたら「立川さん、なんで最近音楽の仕事をしないんですか?」って言うんですよ。確かにその頃はアート系の仕事がすごく多かったんですが、「僕は立川さんで育ったようなものだから寂しいですよ」と言われてね。僕は説教をされたと思った(笑)。

    ──會っていきなりお説教(笑)。

    立川:今でもSUGIZOは「説教なんかしてないですよ!」って笑いながら否定しますけどね(笑)。それで「音楽に戻ってくれないと寂しい」と言われて、すごく刺激になったんです。

    ──SUGIZOさんのその言葉は嬉しいですよね。

    立川:彼って僕が忘れていたようなことまで覚えているわけ。「あれすごかったですよね!」とか(笑)。SUGIZOは知性があるし、やっぱり変わった人間なんですよね。両親がクラシックのミュージシャンで、いじめられっ子で、中學校のときにジャコ?パストリアスとかを聴いていたという…。

    ──確かに立川さんは一時期、音楽のお仕事から距離を置いていましたよね。

    立川:そうですね。ミュージシャンがみんな家で打ち込みとかをするようになって、音楽を作る面白さがなくなっちゃったように思ったんですね。対してアートは現場感がすごくあって刺激的だったんです。それで90年から20年間ぐらいは、アート系の仕事がすごく多かった。

    でもSUGIZOに出會った頃は、アートが「お金、お金」の世界になり始めて嫌になっていたんです。「アーティストって金のことを言わなかったのに、なんでこんなギャラの話ばかりするようになっちゃったのかな…」みたいな。それで「もう一回音楽をやってみよう」と思いました。

     

    「すべて俯瞰でものを見ていた」天性のプロデューサー

    ──立川さんは音楽業界で仕事を始められて約50年ですよね。

    立川:ちょうど50年ですよ(笑)。幸い、その間仕事は途切れませんでしたね。

    ──なぜ仕事が途切れなかったと思いますか?

    立川:自分で言うのも変ですが、お金のことをきちんとしつつ、クリエイティブもできる人間って意外といないんですよ。みんな予算感覚が緩いですから。

    ──でも、お金関係は苦手なんですよね?

    立川:苦手だからこそ、そういうことができる人間をそばに置いて「言った額」できっちりやるわけです。

    ──キーマンをキャスティングする力ですね。

    立川:そう。日本各地に信頼の置ける人たちがいますからね。そういう人たちを見つける才能は、すごくあると思う。逆に行政の人でも「この人とはやらないほうがいいな」っていうはすぐにわかるから、そう感じたらやりません。

    ──天性のプロデューサーですね。

    立川:ZUZU(安井かずみ)がトノバン(加藤和彥)と結婚して、一緒に仕事をしているときに「ミックって昔から俯瞰でものを見ていたわよね」って言われたんですよ。それはすごく當たっていてね。見渡せないとダメというか、変な話、僕って背後恐怖癥なんです。壁が後ろにないと全く駄目で、レストランでも絶対壁が後ろにあるところにしか座らない。

    ──『ゴルゴ13』みたいですね。カウンターみたいなところは苦手ですか?

    立川:苦手というか、駄目ですね。カウンターだと1番端の壁際みたいなところだったら背後を隠して座るけど、後ろに人がいるようなところは無理。

    ──それを意識し始めたのはいつ頃ですか?

    立川:すごく前です。だから車も20代のころは2シーターしか乗らない。とにかく後ろに席があると「送って」とか言われるじゃないですか? でも2シーターだったら後ろには乗らないから(笑)。別に格好つけてスポーツカーにしたんじゃなくて、スポーツカーは2シーターだったから乗っていたの。あと異常にきれい好きっていうのも昔からですね。

    ──それは整理整頓的な?

    立川:ものがきれいに並んでないと嫌だったりね。展覧會をやると作品の陳列が2ミリずれていても気持ち悪いですし、壁紙を貼るのもちょっとシワがあれば「やりなおし!」みたいな。だから、篠山記信さんは、會場のチェックとか僕にお任せなんです。「いつ會場に入りますか?」と聞くと「お前がやっているんなら、俺は當日に行ってあいさつだけすればいいんだろう?」って(笑)。

    ──それだけ信頼されているということですよね。

    立川:色校のチェックもお任せですしね。坂東玉三郎さんも僕が寫真を選んで「あとでチェックしますか?」って聞いたら「あなたが選んどいてくれるんだったら、任せるから」って。

    ──寫真を選ぶときに迷うことはないんですか?

    立川:ほとんどないです。小さいときから美しいものや格好いいものが好きで、60年以上そういったことを追求していたら、それは玄人になりますよ。亡くなった中村勘三郎さんとも10年ぐらい前にずっと本を作ったり、イベントをやったりしていたんですが、勘三郎さんは「俺たち歌舞伎役者は歌舞伎の國で生きている」と言うんですね。僕もそういう意味では、エンターテイメントの國で生きてきたから迷うことはないです。

    ──なるほど???。

    立川:今、森永博志とFM COCOLOで「RADIO SHANGRI?RA」という番組をやっていて、お陰さまで今、土曜のレーティング1位なんですが、それなんて全く臺本はなくて全部アドリブ。ジャンルも飛び越えて、クリムゾンと美空ひばりが同じ時間帯にかかっちゃう。桂文珍さんが番組をよく聞いていてくれて、蕓人を集めて「お前ら『ラジオシャングリラ』を聴いているか? 喋りで飯を食ってない人に、あそこまでやられて悔しいと思うんだったら頑張れ」って言っているらしいです(笑)」

    ──それは凄いですね!

    立川:でも、これは大阪じゃなければできない番組です。FM802の栗花落(光※6)さんが社長ですから自由でね。マリファナの話を平気でして、下ネタを言ったり、政治の話も何をしても全部OK。一度、営業が「レーティングがいいからスポンサーをつけたい」って言ったら「なに言ってんだ! スポンサーつけたら好きなことをやらせられないんだから、つけるな!」って栗花落さんが言ったそうです(笑)。

    ──栗花落さん、最高ですね(笑)。

    立川直樹氏

    立川:うん、すごいですよ。栗花落さんは2週に1回くらい「昨日も聴いたけどすごかったね!」とか言ってくれてね(笑)。「俺が1番ファンだ」って言ってくれています。radikoで聴けますから、東京にいる方々にも是非聴いてもらいたいですね。相當面白いですよ。大阪でタクシーに乗るじゃないですか。すると聲で僕だと気づくのか、ドライバーさんがいきなり「いつも聴いていますよ! 最高ですね!」って言ってくれてね(笑)。

    ──大阪に行ったら、聲だけで立川さんだって見破られる(笑)。

    立川:そう。それで公開録音なんかやると、定員50人のところに100何人とか來ちゃって、吉本は「これは興行ができる!」って言っています(笑)。

    ──立川さんは知識が湯水のごとく湧き出てくるから、アドリブでやれるんでしょうね。

    立川:僕は好奇心が強いんですよ。自分と同じ歳というか50歳を越した人で、街の小さなギャラリーの展覧會でなにをやっているかチェックしたり、映畫の特集上映とかに行く人ってほとんどいないじゃないですか? でも僕は行くんです。あとは食べ物でも、気になったらどこだろうと食べに行きますから。

     

    「玄人とはなにか?」を考えることの大切さ

    ──お話していて思ったんですが、立川さんってすごく記憶力がいいですよね。

    立川:滅茶苦茶いいですよ。昔、九州でビートルズの特番を生で8時間やったんですよ。僕は資料もなにも持って行かないで、リスナーからの質問に8時間答えました。ディレクターは「あの人、宇宙人かもしれない」って言ってました(笑)。

    ──手ぶらで行くってすごいですね(笑)。

    立川:打ち合わせに手ぶらで行ったりすると、相手がたじろいだりする瞬間はありますね(笑)。「まあ、なんとかなるだろう」って思っているから何も持っていかないというね。それで思い出したんですが、チェット?ベイカーが來日したときに、彼はトランペットケースと小さなバッグ一つしか持ってこなかったんですよ。

    ──全然荷物がない。

    立川:すごいですよ、あの人は。存在そのものが完全にジャズですね。本當に格好良かったな。

    ──チェット?ベイカーは歌もいいですよね。

    立川:最高ですよ。「俺は早く吹こうと思ったらマイルスみたいにだって吹けるんだよ。でも吹かない」って言うから、「なんでそう吹かないの?」って聞いたら、「俺はロマンチストだからさ」って(笑)。

    ──格好いい(笑)。この先、計畫なさっていることはなんですか?

    立川:今やっている仕事がたくさんあるので、まずはそれをきちんとやるのと、それらがうまく有機的につながっていけばいいなって思っています。石川県で毎年2月に「冬の夜のマジカルセッション“出逢い”」というジャンルを超越したイベントをやっていて、今年はSUGIZOとDRUM TAOの8人のピックアップメンバーと「TIME&SPACE」というコラボイベントをやったりしました。來年の2月は、淺川マキさんが沒後10年なので「淺川マキ トリビュート」というのをやります。

    ──立川さんは仕事のオファーが來るのと、自ら企畫を持ち込むのと、どちらの比重が大きいですか?

    立川:半々くらいじゃないですかね。でも「なにかイベントを考えてくれ」っていうのは、オファーではないじゃないですか(笑)。石川県のイベントも最初は「2月の金沢は観光客が少ないから、なにかイベントができないか?」みたいな話から始まっています。それで金沢だったら泉鏡花が好きだから、泉鏡花をモチーフにして「朗読と音楽を合わせるみたいなのをやったら面白い」とアイデアを出して、了承が得られれば、そこからは僕がやりたいことになっていきますから「じゃあ誰と誰を組み合わせよう」と考えてね。僕は場を與えてくれたら、そこに乗せるもののアイデアはたくさんあるんです。

    ──だからみんな立川さんに相談しに行くんですね。

    立川:そうですね。あと11月25日に「R261 CIGAR & ROCK」というロックバーを渋谷セルリアンタワーでオープンします。それはホテル側から「なにか面白いことをやってくれ」と頼まれて「ロックバーをやりましょうよ」と。今、ロックバーってみんなアメリカン?ロック系じゃないですか?でもここはピンク?フロイドとかデヴィッド?ボウイとかをかけるんです。いいでしょう?

    ──立川さんは無限に仕事がありそうですね。

    立川:僕から言うと、イベントというのは発明なんですよね。だから、なにかの場所を見るとひらめく。「ここでこういうことをやったら面白いな」とか「この場所をこのままにしておいたらもったいない」という風に思って、そこのオーナーに話すと、向こうもなにか悶々としていたからか「すぐにやってください!」みたいな感じになる。

    ──ちなみに若い人たちを脅威に思うことはないですか?

    立川:それはないですね。今の若い子たちってデジタルで簡単に中途半端な知識だけ身につけちゃうじゃないですか。だから逆に怖くないんですよ。脅かされる不安が一切ない。やっぱり深さが違うんですよ。食べ物1つとっても、にわか食いで食っても、本當の味はわからない。寫真を撮るために飯を食いに行っているような人に、負けるわけないです(笑)。

    ──すごい(笑)。最後になりますが、音楽業界を目指す人、またはすでに仕事をしている人たちにアドバイスをいただけますか?

    立川:この世界でやっていきたいのなら選り好みしないで、なんでも見聞きすることです。僕は見られるだけ見たいし、聴けるだけ聴きたいと思う。結局、好きなものだけ選んでいるうちは素人なんです。好きなものを見に行っているというのは、その辺のファンと変わらないじゃないですか? でも、作る側、供給する側だったら、どんなものでも體験すべきですし、もう一度「玄人とはなにか?」ということを考えたほうが絶対にいいと思います。

    ※4. 永島達司氏(故人):日本初のプロモーターであり、ビートルズを招聘した伝説の呼び屋。株式會社キョード東京設立者。ニックネームはタツ。
    ※5. 內野二朗氏(故人):プロモーター。元 株式會社キョードー東京 代表取締役社長。永島達司氏とともにキョードー?グループを創立。ニッポン放送「ラジオ?チャリティー?ミュージックソン」の発案者としても知られる。
    ※6. 栗花落 光氏:株式會社FM802 代表取締役社長(參考記事:?Musicman’s RELAY?第102回 栗花落 光 氏

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